--------------------------------------
   迷う人 迷わない人
--------------------------------------

「ま、こー考えてみっと、いろいろあったよなー」
「・・・・・・・・・え?」
ぴたり、と。表情が止まる。
「・・・・・・なんだよ」
「い、いや、まさかそんな事を君が言うのかと思って」
少々慌てて弁解する。それ程意外なのだ、彼のその言葉が。
「そこまで驚くかよ?オレそんなに似合わねーか?こーゆー事言うの」
ジュリアンが少々むくれながら、透明な液体で満たされているジョッキを傾げる。
「ああ、似合わない」
キッパリ、という効果音が聞こえてきそうな勢いでメディオンが言葉を繋ぐ。
「あー、わーったわーった!どーせ似合わねーよ、どーせ!!」
「ごめんごめん。・・・・・・確かに、いろいろな事があったね。嬉しい事も、悲しい事も・・・他にも、たくさんの事が」
メディオンが、少々思わし気にグラスを傾げる。
「いきなり話変えんなよ。それより、悲しー事はともかく、嬉しーことってなんかあったのか?あんた」
ジュリアンが、またジョッキを傾げる。からかいを、口元に滲ませながら。
「君も随分と酷い事を言うね。君には、何かそういった事は無かったのかい?」
少々と棘のある言葉を、メディオンは軽く返す。
「いきなり話振んなよ。・・・まー、むじーかもな。こーやってれーせーに考えてみっと」
あまり美しいとは言いがたい言葉で、ジュリアンが杯を呷る。
彼のジョッキは、もう半分以上減っている。
「でも、珍しいね。君がそんな風に物事を考えるとは」
「そんなに珍しいか?オレいっつも何かは考えてるぞ!?」
ムキになっているジュリアンに、メディオンはほう、と関心した様に呟く。
「例えば?」
「えーっと・・・えーっと、あれ?な、何だったっけなー・・・」
必死になっているジュリアンを見て、軽く微笑うメディオン。
「ほら、何も考えてない」
「うるせーよ!なんか文句あんのか!?」
怒った様子のジュリアンを見て、メディオンはすまなそうな顔をする。
「悪かった。許してくれ」
・・・・・・よくこーゆー顔するよな、こいつ。
「あんた、いっつもそーゆー顔ばっかしてんな」
「え?そうかい?いつも?」
メディオンが、普段の彼に似合わず素っ頓狂な声をあげる。
「してるさ、あんたは。そーゆー顔」
ジュリアンが、真剣な表情をする。
なんとなく居心地の悪くなったメディオンは、さりげなく話題を変える。
「珍しいね、君がそんな表情をするなんて」
「だから話変えんなっての。そんな顔って何だよ、そんな顔って」
「君の真剣な表情だよ。私は、君のそういった表情をほとんど見たことがない」
彼らしく、真面目に応える。
「オレはいつでも真剣だっつーの。じゃなきゃやってらんねーよ、こんな事」
「いまいち笑えないな、その冗談は」
メディオンの揶揄を含む口調に、ジュリアンが少しムッとする。
「嘘じゃねーっつーの。大体ほとんどってなんだよ、ほとんどって。オレ、そーゆー表現好きじゃねーんだよ」
「だが、ほとんどとしか言いようがないんだよ。・・・まあ、具体的に言えば・・・」
「アスピアの橋の事、か?」
言いかけていた言葉を盗られ、メディオンは少々つまらなさそうにする。
「セリフを盗らないでくれ。・・・まあ、その通りだ」
「ふーん、やっぱりな。でも、オレはいっつも真剣な顔してるっつーの」
「アスピアでは・・・本当に・・・」
ジュリアンをさりげなく無視し、メディオンは考えを巡らす。
いろいろな事があった。本当に、数えきれないくらいの。
「おい、無視すんなっつーの。ま、いろんな事あったよな、アスピアでは」
言いつつ、ジュリアンは杯を飲み干す。かなりの量が入っていたが、あっという間に
飲み干されてしまった。
「ああ、本当に・・・」
「ああ・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
ぷっちん。
「・・・・・・だあーー!!!こンな所で酒なんか飲めるかー!!!」
頭の中の線が切れたように、ジュリアンが爆発する。
しかし、メディオンはそれに構わず、冷静にグラスの杯を飲み干す。
「もう一度、酒でももらってきたらどうだ?気分が晴れるかもしれないよ」
「言われなくってもそーするっつーの!!ったくよー、あんな雰囲気で飲めるか?フツー」
「君も少し同調していたじゃないか」
「うるせー!!」
捨てゼリフの様な言葉を残し、ジュリアンが席を立つ。
いくら食料が少ないとはいっても、酒は北の地方では欠かせない。在庫は無尽蔵、というわけではないが、それなりにはある。
メディオンは、酒をジョッキに入れているジュリアンを、ただ何とはなしに見る。
「・・・・・・・・・」
あれからもう10日、・・・か。

ふと、メディオンの脳裏に映し出された。友人達の、真剣な表情が。
彼にも自分にも、迷いはあっただろう。
彼は、自分の国を守るため。
自分は、母を守るため。
そのために、お互いに刃を向けた。
「『迷い』があると、戦いに勝つ事は出来ない」
と、誰かに聞いた事がある。
もしも。
もし・・・。

「何ボーッとしてんだよ、王子?」
唐突に声をかけられ、一気にメディオンの意識が戻る。
「な、何だ、ジュリアンか。・・・いや、少し考え事をしていてね」
ジュリアンのジョッキは、ギリギリの所まで透明な液体で満たされている。それを見て、メディオンは苦笑いを浮かべた。
「あんたも、案外ぬけてるトコあるよなー」
ジュリアンが、波々と入った杯を傾げる。
「も、とはどういうことだい?ジュリアン」
答えは分かっているが、一応は訊ねておく。
「分かりきった事聞くんじゃねーっつーの。若様だよ、ワ・カ・サ・マ!」
つってもオレより年上だけどな、と軽く付け足す。
「へぇ・・・。やはり、彼にもそういった面があるのか」
「あんた、さりげにひっでぇ事言ってやがるな」
彼に聞こえる程度に、ぼそりと呟く。
「そういった意味で言ったのではないけどね」
「へーへー。ま、そんなひっでぇ事でもねーか、実際しょっちゅうあるし」
ジュリアンが人を食った様な口調で酒を呷る。その様子に、メディオンはなんとも言えずにまたしても苦笑する。
「にしても、あんた全然飲んでねーな。そんなんで飲んだうちに入んのか?」
「酒は付き合いだ。誰かさんのようにガブ飲みしていると、体にも悪いからな」
メディオンが、空になったグラスを傾ける。
「誰かさんって誰の事だよ、誰かさんって」
「私のよく知る人物、約2名」
メディオンが、平然と言い放つ。その言葉の意を察して、ジュリアンは軽く頭を掻いた。
「へーへーわーったわーったって、さっきからこればっか言ってんなオレ」
「そういった意味で言ったのではないけどね・・・と、私もさっきこれを言ったな」
言いつつ、杯を呷る。ジュリアンのジョッキは、先ほど入れてきたばかりだというのに、すでに半分近くまで減っている。
「いくらなんでも、ピッチが速すぎないか?もう少しゆっくり飲んでも・・・」
言いかけたメディオンに、ジュリアンはびっと指を突き立てる。
「酒は浴びるように飲まないと、味はわからん!!」
先ほどのメディオンに負けないくらいに、キッパリと言う。
「なーんてな。アランの義父さんに言われたんだよ、酒は浴びる様に飲めってな」
「へぇ・・・。すごい事を教えるんだね、君の義父さんは」
いろいろな意味で感心したメディオンに、ジュリアンは当然!!と言わんばかりに胸を張る。
「ああ、傭兵やるんだったらこんぐれーは出来るようになっとけって言われて、いろいろ変な・・・っとと、役に立つ事教わったんだ」
「へえ・・・いいね、そういう人がいてくれて」
「・・・まーな。もうどこにもいねーけど」
この瞬間。
メディオンは、何かが分かった気がした。
「・・・君も、いろいろな事を考えていたんだね」
「え?何か言ったか?」
「いや、何も」
言ったと同時に、メディオンが席を立つ。
「じゃあ、私はもうそろそろ帰らせていただくよ」
「そうか。じゃあな」
「ああ」

「あいつ・・・あいつらって、いろんな事考えてんだな」
人がまばらにいる大食堂で、ジュリアンが誰にともなくひとりごちる。
「疲れねーのかな、ホント」

「彼も・・・彼らも、いろいろな事を考えていたんだな」
人気の無い自分用にあてがわれた部屋の中で、やはり誰にともなくひとりごちる。
「普段出さないで、疲れないのかな」






<覚え書き>
ゆーき様作 ご好意で拝見させてもらったものを無理矢理いただきました(殴)
メディさまとジュリーの会話が”らしく”て(メディオン:穏やか、ワンテンポずれた、微妙なものの言い方、ジュリアン:なんでもかんでも竹を割ったような台詞、単純かと思いきや実は計算された単純さ)ナイスです。
途中のジュリーのキレっぷりに共感を覚えてしまいました。←ジュリーは目の前にちゃぶ台があるとひっくり返すタイプだな(苦笑)
ゆーきさん、本当にどうもありがとうございましたm(_ _)m
2001年2月5日編集