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   その訳を聞く為に
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その日の夜、シンビオス軍の空気はとてつもなく淀んでいた。
それもそうだろう。今日、初めて犠牲者が出てしまったのだから。
『犠牲者』と言うのは、少し語弊があるかもしれないが。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
シンビオスは、天幕の外で地面に座りながら星を見上げた。
「・・・・・・・・・はぁ・・・・・・」
色々な意味で、気が重い。
あの時の彼は、正直に言うと異常だったと思う。
どう考えても勝ち目のない敵に、挑んで行った。
あれは、勇気ではなく無謀だ。
「・・・・・・なんで・・・・・・」
ふと、呟いてみる。誰も、聞いている人はいない。
「・・・・・・どうして・・・・・・」
・・・・・・でも。どうして。
「・・・・・・止められなかったんだろう・・・・・・」
頬を、透明な液体が伝う。だが、それに気付かない。
「・・・・・・・・・」
ぽたり、と。
透明な雫が、服を濡らした。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
マスキュリンは、何とはなしに天幕から出た。
とても、ゆっくり眠れる心境ではなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく歩いていたが、ぴたりと足を止めた。
空に輝く満天の星空を見上げる事も無く、マスキュリンは頭の事を少し整理しようとした。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
目を閉じると、浮かんでくる。
あの時の、事が。

『行っちゃ駄目よ、ジュリアン!!勝ち目なんかないわ!!』
『止めないでくれ、マスキュリン!俺は・・・俺は、ヤツを倒す為だけに生きてきたんだ!!』

その時の、ジュリアンの目。
怒りに、燃え滾(たぎ)っているような。
悲しみに、支配されているような。
虚しさに、全てを預けたような。
そんな目に見入ってしまい、つい、彼を掴んでいた手を離してしまった。
仇に、突進していく彼を。
只、見ているしかなかった。

『くらえぇぇっっ!!!!』
『・・・・・・ふん』
『!』

ガルムの姿がすうっ、と消えた。
そして。
・・・・・・ジュリアンの、叫び声。

『うわああぁぁぁぁ!!!』

何の叫び声だったのかは、分からない。
滝を落ちていく事の恐怖だったのか。
仇・・・ガルムを倒せなかった事への、悔しさだったのか。
『ふたり』の、父親の事を思い出したのか。
分からない。
・・・・・・あたしには、ジュリアンの事は分からない。
「・・・・・・なんで・・・・・・」
頬を、透明な液体が伝う。だが、それに気付かない。
「・・・・・・どうして・・・・・・」
こんな事を言っても、無駄なんだという事は分かっている。
でも。
言わなくちゃ、何をどうしたらいいのか、分からない。
「・・・・・・どうして・・・・・・止められなかったの・・・・・・」
何も、聞こえなかった。
何も、見えなかった。
あの時の『彼』と、同じように。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
涙が、零れた。
星空が、あたしを見下ろしていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
グレイスは、マスキュリンの後を追って天幕から出た。
だが、彼女の様子を見て、どうする事も出来なくなった。
だから、星空を見上げた。
・・・・・・何もかも、忘れさせてくれればいいのに。
私の事も、あの子の事も。
・・・・・・忘れる事は、あの子にとって幸せなのかしら?
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・グレイス?」
びくっ、と肩を震わせて振り向いたら。
「・・・・・・ダンタレス様でしたの」
・・・・・・びっくりした・・・・・・。
心底そう思って、グレイスは声を掛けてきた張本人に向き直った。
「・・・・・・どうしたんだ?こんな夜中に」
大体、予想はつくが。
そう、小さい声で騎士は呟いた。
「・・・・・・考え事をしていたんですの」
そう言って、グレイスは続けた。
「・・・・・・私は、正しかったのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「あのまま、あの子を止めなかった方がよかったのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あの子は・・・・・・」
「・・・・・・俺には、わからない」
今まで黙っていたダンタレスが、口を開いた。
「だが、グレイス。お前は、その決断が間違っていたと思うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私は。
・・・・・・私がした事は。
どうだったのかしら?
「・・・・・・いいえ」
「なら、良いのではないか?お前は、自分の決めた事をやったのだろう?」
「・・・・・・そうですわね」
あの子は。
・・・・・・あの子が。マスキュリンが。
幸せなら。
今は、そうではなくても。
「・・・・・・ダンタレス様」
「何だ?」
「有り難うございました」
そう言って、グレイスは軽く頭を下げた。
「いや、構わん。シンビオス様のご様子も、見ておかなければな」
「はい。いってらっしゃいませ」

願うのは、ただ一つ。
誰もが、幸せになるように。


「シンビオス様」
そう声を掛けられ、くるりと振り返った。
・・・・・・あ。
僕、泣いてたんだ。
「・・・・・・・・・何?」
ゴシゴシと、目を擦る。
「駄目ですよ、擦っては」
「・・・うん・・・」
そう言って微笑む、自分の主人。
・・・・・・彼は。
「・・・・・・シンビオス様」
「何?どうしたの?」
「私達は、いつもあなたの事を思っています」


「・・・・・・あ・・・・・・」
マスキュリンは、ふと呟いた。
そういえば。

『いや、いや!!ジュリアンが、ジュリアンが!!』
『落ち着きなさい、マスキュリン!あなたまで落ちたら、何にもならないわ!!』
『でも・・・・・・でも!!』

「・・・あの時グレイスがいなかったら、どうしてたのかなー・・・」
ふと、そんな考えが頭を過ぎった。
多分、ジュリアンと・・・あいつと一緒に。
あ、『一緒』じゃないか。
「なんで、本当にあの時に止められなかったのかな・・・」
あの後、あたしは正気を取り戻して滝に向かっていた。
・・・・・・正気に戻ったって、言うのかな?
「・・・・・・・・・・・・!!」
気が付くとあたしは、護身用のナイフを首に当てようとしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ちっとも、正気になんか戻ってない。
こんな事したって、ジュリアンは喜ばない。寧ろ、悲しむ。
「・・・・・・うっ・・・・・・!!」
ぽと、と。
ナイフの落ちる音が、微かに耳に入った。
その音が合図のように。
あたしは、泣き崩れた。
「うわああぁぁぁぁ!!!!」
ジュリアンの様だと、自分でも感じた。


「・・・・・・私は・・・・・・」
本当に、あれで正しかったのかしら?
グレイスは、未だ分からなかった。
でも。
あの子は、そんなにヤワな子じゃないわ。
あんな所で死んだりしたら、私が許さない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
月が、沈もうとしていた。

きっと、どこかで。
あの子達が、幸せになるように。
その時には、きっと・・・・・・






<覚え書き>
ゆーき様作第3作品目です。
ご本人はシリアスは苦手・・・とおっしゃっていますが、そんなこと微塵にも感じませんです。
この場面の描写は自分でも1度書いてみたいなあと思っていましたがもう書きません。これで満腹です。
2001年4月2日編集