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   ++ 雨の中のシャボン玉 ++
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幼い頃
皆で遊んだ遠い記憶
けれどもその記憶は
今も鮮やかに思い出される

くだらないことでも
皆で一緒に笑えば楽しかった
貧しくたっていい
皆で生きていけるならば



大切な人がいなくなるなんて
それまでの自分は考えたことなど無く
その喪失感と脱力感は計り知れず
只々胸が痛かった

一体誰が悪いの?
どうしてこんな目にあわなくてはいけないの?
何故哀しいことなんか起こってしまったの?
納得する理由が欲しかった



でも
貴方がいなくなることに納得などできるはずがない
何十 何百の理由を聞かされたとしても
悲しみが癒されるはずもない

そして
悲しんでいる自分が可哀想と思うようになり
貴方への慕情が
自分への慕情と摩り替わっていた



どうして形あるものは消えてしまうの?
あの子も可哀想
でもそれを失う自分も可哀想
ずっとずっと一緒にいたいのに

やがて
また貴方だけを
不憫な貴方だけを想う
その儚い命を想って人知れず慟哭するのだ



生きていてくれさえすれば
生きていてくれさえすれば また笑いあえる
嗚呼 今となっては
帰らない貴方を想うばかり



貴方が散ることは・・・
貴方が若くして散ることは 必然でしかなかったのだろうか?








<フリートーク>

ガロッシュ&ジェイドの独白ぽいものに。
この二人を一緒にしたのは、単にジェイドでプレイしたことがないためです。

◆タイトルの解釈◆
「シャボン玉」はすぐに消えるもので、ましてそんなモノを雨の中なぞで飛ばしたりしたらもっとすぐに壊れちゃいます。「雨」はここでは=「戦争」の解釈。雨の中に飛ばされるシャボン玉は必然的にすぐ消えてしまう。短い命しか持っていない人間が戦争行ってさらに若い内に死んでしまう。

◆必然◆
「運命」という言葉より、「必然」にしたのは、「運命」だと、何となく「大きな流れに流されている、けれど努力次第で何とか変えられることもある」ような感がした為。兄弟衝突は「必ず起こりうること」「絶対」避けられない「必然」。

◆主張◆
・・・したかったのは最後の2行。雨の中のシャボン玉はすぐに消えてしまう必然、(全員に当てはまることではないですが)戦争に行った若者は若くして散り行く必然。戦争さえなければその「必然」が起こらないわけなのだから本当に「必然」にしかなり得なかったのか、その問いかけ。