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   ++ 願い ++
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奇跡なんて信じるガラじゃねぇよ。
神なんざ尚更だ。

けど、神の誕生日に一生分の願いをかけれるのならば、俺の願いを叶えておくれよ――







――帰ってくる保証のない少女を待ち始めて1年と少し――

ここグリーフ村で唯一の酒場(小さな店である)のカウンターで一人グラスを傾ける青年がいた。
外は例外なく猛吹雪に覆われ視界すらままならない状況だが、小さいながら重厚な作りの酒場は外界の音を遮断しているので至って静かなものだ。
店にいるのは2、3組の男性客、店のマスターとママ。そしてその青年のみだった。店内にかかる控えめなBGMと男性客達の話し声(それほど気にならない)と時折グラスの中の氷がカラリと崩れる音。その空間を占める音色はそれくらいだった。

青年は誰と会話することも無く、ただ静かに飲んでいた。
ただ、マスターからすると、普段よりも感傷的な瞳を浮かべているように見えたという。しかし客の心理を的確に捉えることを心得ているこの店のマスターとママは、この日は青年に語りかけるという無粋な真似はしなかった。他人が踏み込んではいけない、そんな日もあるのだ。







流れる時間とメロディ。
酒場と言えば、南の世界では陽気な場所と定義づけられている。しかしここは生憎最北の村グリーフ。生きようとする者達を容赦無く拒絶するような極寒の地で、今では人々は皆ひっそりと生きている。酒場も例外ではなく、密やかな空気が保たれていた。

1年前までは確かにこの村にも意義があったのだ。正しかったのか間違っていたのかはさておき、能力者の修行場としてそれなりに活気付いていた時期もあった。ブルザム神の消滅によりブルザム教が崩壊し、この村の意義が消えていく中で、この土地を去っていく者もいた。しかし、それでもこの土地から離れられない者達が永遠にやってこない春を夢見ながら(この土地の季節感はわずかな間だけ吹雪が収まり太陽が顔を見せる程度)日々を精一杯暮らしている。







出て行く者は多かれど、外部から人が来ることはもはやないであろう、ほとんど見捨てられたこの土地に青年がやってきたのがほぼ1年前。理由は――自らの手で殺めてしまった少女を待つ為だった。

殺めた・・・と言っても、不思議な能力を持った少女は、その魂を消すことはなかった。つまりは、この世のどこかで生きている。しかしながら――1年も経ったというのに――少女の魂は青年の前に一度たりとも姿を現すことなく、今日に至る。

青年が少女を待つ理由は自分が手をかけた、だから申し訳なくて待っている・・・と言う義務感や責任からではなかった。勿論、それらも多少は含まれているのだが。

似た者同士。

彼と彼女を繋ぐキーワードはそれだろう。
天涯孤独、とは響きはいいが実際は格好のつけれるようなものではない。
身を斬られるような寂しさや哀しさに襲われても、すがり付ける相手はとっくに存在せず、伸ばした手は常に空虚しか掴めない。
自分を最も愛してくれるはずの肉親の温もりがわからないまま成長して。

青年には、少女の気持ちが手に取るようにわかった。
そして、不器用ながらも自分に愛情を分け与えてくれた。自分はその気持ちに答えなくてはならない――否、答えたかった。







記憶の片隅で、今日がエルベセム神の誕生を祝う、聖誕祭であることを掘り起こした。特に大した感慨はなかった。第一、ここはそんな聖誕祭など知っている人の方が少ないのだ。青年自身もエルベセム教なんてそんな宗教があることを知ったのはパルメキア大陸東部にやってきた2年前に過ぎないのだ。

聖誕祭のことを知ったのは伝説の遠征中に、青年の戦友達が嬉しそうにその聖誕祭のことを青年に話したからだった。楽しそうではあったが、彼自身は宗教事にはまるで疎かったし、興味もわかなかった。

思い出したのは・・・人恋しいせいなのかも知れない。1年待ってみても戻らない少女。夢にすら出てこない。人口の減り続ける極寒の北の地。明日の命すら決して保証されない。普段は気丈な青年も、孤独感に苛まされていた。

『聖誕祭はね、最も神に近づける日なんだ。だから、願い事をすれば神が聞き入れてくれて叶えてくれるって言い伝えられてるんだよ』

バカバカしい。神、神って。
ブルザムはその『神』の権威とやらを振りかざしたおかげで大勢を悲劇に陥れたんじゃねぇか。







青年が酒をあおった時、吹雪の音が一瞬だけ耳に飛び込んできた。出入り口の方に目をやると青年の見知った顔があった。

「アーサー」
青年がその男の名前を呼んだ。アーサーと呼ばれたその男は青年に向けて微笑みながら軽く手を上げて答え、黙って青年の隣に座った。

「気分は晴れたか?」
「ますますヘコんだ。」
「・・・だろうな。」
「わかってるなら聞かないでくれ。」
俺もコイツと同じモノをくれ、と男がマスターに酒を注文した。注文を聞いたマスターは早速品を作り始める。

「南じゃ、今日は聖誕祭だな。」
「・・・。」
「わかりやすいヤツ。」
「ゥルセェ。」
男が青年の心を見透かすような発言をするのは普段のことで、今日も例外は無かった。

「6年程前に丁度ベアソイル地方の祭りを覗いてみたがあれはなかなかいい祭りだったぞ。まあ多少成金趣味な感じのオブジェもあったけどな。」
「へぇ・・・。」
「人々の目は希望に満ち溢れてた・・・心底祭りを楽しんでいるってのがよくわかったな。あれなら、勢いで多少の願い事なんて叶う気がするよ。」
「神なんて過去も今もこれからも信じねぇよ。」
青年はカウンターに腕を置き、その上に顎を乗せた。
「片意地張るなよ。」
男がそう言ったとき、注文した酒が手元に滑り込んできた。

「んなモン張るかよ。もう神なんてモンに振り回されるなんざご免だ。」
「十分こだわってるさ。」
「・・・。」
「人なんて脆いモンさ。強くあろうとすればするほどその中身は脆い。」
「そんなに強い人間じゃねぇってのは自覚してるさ。」
「なら尚更すがる対象を作っておけ。時には神にすがることも必要だ。別に宗教にのめり込めなんて言わないさ。むしろ宗教信仰は俺だってゴメンだ。宗教信仰の神は虚像に過ぎないからな。だから、自分の中で許しや癒しの神を思っていればいい。重要なのは、それが自分にとって心の支えになっているかどうかだ。」
「ふ・・・」
「何だよ?」
「珍しく熱弁振るってくれて。」
「茶化すな。」
男は苦笑いを浮かべながら酒を飲んだ。

青年は身を起こしながら呟いた。
「神ってのも案外大変な職業なんだな。勝手にすがられて泣きつかれて、上手く物事いかねぇとテメェのせいにされて。」
「よくわかってるじゃないか。」
「バカにすんな。」

「なぁ・・・」
「ん・・・」
「願ってみても、いいのかな?」
「・・・何を?」
「わかってるくせに、それを言わせる気か?」
「・・・なら、お前もわざわざ聞くな。願うことは、どんな人間であろうと許された行為だ。」
「そうだな。」
「思う存分願えばいい。願えば願うほどいいんだ。お前の想いが彼女との距離を決めるんだから。願うからには、妥協するな。」
「ああ。」







神が生まれたとされる聖なる夜。
一生分の祈りを届けよう。
お前に会いたいと。
俺は切に願っている。
お前が分け与えてくれたように、俺も今度こそ、お前を愛したいから。













<覚え書き>
グリーフ地方を勝手に捏造。最後の一文を書き出したことは自分にとって拷問に等しい。
2002年12月24日作成