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   キセキな出会い
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1.

今にして思えば、最初の出会いは5歳の頃。
一方は父親の膝の上。もう一方は紙の上、もとい絵本の中だった。
珍しく雑務が夕方までに終わり、夕食後、居間で暖をとりながら、コムラードは決して柔らかすぎないソファに座り、自らの膝に息子のシンビオスを乗せ絵本を読み聞かせていた。
穏やかな時間。
暫くシンビオスも、絵本の色鮮やかで可愛らしい生物らしい絵に魅入っていた。
しかし、今は忙しい仕事の合間を見つけてはこうやって自分と接してくれるこの温かい父親だけが当時のシンビオスにとってはすべてだった。

そう、絵本のことは二の次でほんの断片しか記憶に残っていなかった―







―それから十数年後―

ここパルメキア大陸東部では一触即発の状態であった。
絶対帝政をしくデストニア帝国から反発分子が独立し、共和の理念を掲げたアスピニア共和国が建国されてはや20年。1つの区切りともいえる年に大規模な紛争が起こったのだ。それまでに因子は多々ある。
乾燥した空気に油をたっぷりと注がれた状態で大きな火種が投げ込まれたようなものだ。

つまりはいつか起こりうることだったのだ。







ともあれ、体調不良の父に代わって和平会議に出席することになったシンビオス。
彼自身、何故サラバントが首を突っ込んできたのか、いや首を突っ込むことに疑問を抱いているわけではない。サラバントというのは永世中立国家という名を掲げているがその前に商業都市であるのだ。そして戦争の大義名分はその時々によって異なるが、結局裏でつながっているのは国・ある特定の個人の利益である。戦争は莫大な金を産む。一方で退廃を、もう一方では更なる発展をもたらす。
シンビオス自身、こんな考えをするのは嫌なのだが、サラバントが例え戦争を煽ったとしても、仲裁行為をするのはいかがなものかと思っているのだ。

「聞いているのかダンタレス!!」

シンビオスの思考は否応なしに中断させられた。
ティラニィのあまりに大きな怒声。しかも怒られているのはダンタレス。小窓の方を見やると、ドサッという音としたたか腰を打って痛がっている声が聞こえた。それだけでシンビオスは窓の外の様子の予測がついた。
ティラニィの神経質そうな声。室内のピリピリする空気。気持ちがわからないわけじゃないけど・・・内心肩をすくめ、暫くシンビオスも真面目に会話に耳を傾けた ―







重鎮達から解放されたのはそれから1時間後。和平会議は正午前からの予定。それまでには少し余裕があった。ベネトレイムの要請とすすめでサラバント市内をまわることになった。

二人が寄宿舎を出ると外で待機していたグレイスが2人に声をかけてきた。
「マスキュリンはどこだ!?」
グレイスの姿を認めるや否やダンタレスはグレイスに向かって声を荒げて問いただす。
その額には青筋が数本。
「ダンタレス様・・・そのようなご様子では出てきたくても出て来れないじゃないですか。」
「当たり前だ!!あいつのおかげで俺は受けなくてもいい叱責を・・・!」
「あの子も決して悪気があったわけじゃないんですから・・・。」
「悪気があってたまるか!」
グレイスが続けようとした言葉を遮ってダンタレスは怒鳴る。相当立腹しているらしい。
「シンビオス様・・・。」
グレイスはとうとうシンビオスに視線を移した。シンビオスも見かねて助け舟を出す。
「ダンタレス、今頃マスキュリンもたっぷり反省している頃だ。怒りたいのはわかるけどそんなに怒ってばっかりだったらダンタレスもティラニィ様と同じだよ。」
「シンビオス様・・・ですが・・・。」
まだ言いたいことは山ほどあるがこう諭されるとダンタレスは何も言えなくなってしまった。
「はぁ・・・わかりました・・・。」
ダンタレスはようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「マスキュリン、ダンタレス様のお許しが出たわよ、出てらっしゃいな。」
グレイスが寄宿舎の方へ声をかけた。壁の裏側からマスキュリンがピョンと出てくる。
「お前、そんなところに隠れていたのか!?」
思わずダンタレスは声をあげる。本人の姿を見るとまたもや怒りが込み上げてきたらしい。
「だってぇ・・・。」
「だってもあさってもない!!だいたいお前は普段からっ・・・!」
「あーん、グレイス、ダンタレス様まだ怒ってるじゃない!」
「人の話を聞け!」
「ダンタレス、もうよそうよ。一旦許しておいてまた怒るのは反則だよ。」
「う・・・。」
苦笑交じりのシンビオスにこう言われるとダンタレスはもう怒るに怒れなくなった。
「マスキュリンもあんまり無茶しちゃダメだよ。さっき痛かっただろ?」
「シンビオスさまぁ〜!」
「さ、もういいだろ、ダンタレス。そろそろ行こうか?」
「そ、そうですね。」
「あら、どこかに行かれるのですか?」
グレイスが聞く。
「ああ。会議まで時間が有るから町の視察にね。」
「わあ、町をまわるんですね。」
今泣いたカラスが笑うかのごとく、マスキュリンは途端にウキウキしだす。すでについていく気満タンだ。
「そうだ、が、お前は留守番だ。」
「ええ!どうして!?」
「自分の胸に聞いてみろ!一人で反省会でも開いておけ。」
「そんなぁ・・・。」
やはりダンタレスはまだ充分根に持っているようで、ここぞとばかりにマスキュリンに釘を刺した。
「マスキュリン、私も残るから。」
「グレイスぅ〜・・・。」
「ダンタレス・・・怒りすぎだってば。あ、そうだ、二手に分かれよう。それの方が効率がいい。」
「ということは、町へいっていいんですか?」
グレイスが確認のために聞き返す。
「時間があるって言っても無限じゃないしね。ダンタレスに頭冷やす時間が必要だからグレイスとマスキュリンで行って来てくれる?」
「きゃ、やったやった!」
騒ぐマスキュリンをダンタレスは一にらみした。途端にマスキュリンは縮こまってグレイスの影に隠れる。
「僕たちは商業区の方をまわるから二人は住宅街の方をまわってくれる?時間が余ったら商業区の方へ来てもいいし。西地区は全員でまわろう。いいね、ダンタレス?」
「・・・仰せのままに。」
「じゃ、決まり。1時間半後に寄宿舎前・・・ここに集合ね。」
「はーい!いこいこ、グレイス!・・・っと、あの、ダンタレス、様?」
「なんだ!?」
不機嫌そうにマスキュリンの方を見やるダンタレス。
「あの、その、どうも申し訳ありませんでした!あの、これさっきサラバントの使者の方から貰ったんです。お詫びに差し上げます。」
そういってマスキュリンは左手に持っていた切花を差し出した。色とりどりの花が可憐に咲き誇っている。
「俺はいい。俺よりもシンビオス様に差し上げたらどうだ?さっきからお前をフォローしてくださったんだぞ?」
「あ、そうですね、シンビオス様、あの、受け取ってくださいますか?」
「もちろん。ありがとう。」
「さあ、行きましょう。」
4人は二手に分かれ、それぞれの目的地へ向かった。


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<覚え書き>
オープニングの記憶があやふや。会話はまあこんな感じだったっけな、と。
2000年10月1日完成
つけたし&再編集2001年8月14日